勝鬨橋(重要文化財) <<築地さんぽ11月号>>

隅田川には、歴史の古い橋が多いのですが、勝鬨(かちどき)橋が出来たのは、そんなに古い話ではなく、1940年(昭和15年)6月です。

隅田川に架かる勝鬨橋。2007年には国の重要文化財に指定された

隅田川に架かる勝鬨橋。2007年には国の重要文化財に指定された

それ以前は、築地と月島の往復は渡し舟だけで、1905年(明治38年)には日露戦争の勝利を記念して、特に「勝鬨の渡し」が設置されました。勝鬨橋の名称はそれを引き継いだものです。

対岸の月島には石川島造船所などの大工場が多く、渡し舟では往来に不便なため架橋は早くから望まれていました。しかし、当時は隅田川を航行する大型船舶も非常に多く、橋を架けるには大規模な高架橋が必要になり、予算的にも技術的にも困難でした。

橋の名前の由来になった「勝鬨の渡し」跡に立つ石碑。実際には勝鬨橋の150メートルほど下流にあった

橋の名前の由来になった「勝鬨の渡し」跡に立つ石碑。実際には勝鬨橋の150メートルほど下流にあった

その課題を一気に解決したのが、大型船舶が航行するときだけ橋の中央部が跳ね上がって開くという、独特の跳開式可動橋案でした。完成当時は1日に5回、それぞれ20分程度開いて大型船を通していました。

橋の中央部には、開閉の継ぎ目部分が残る

橋の中央部には、開閉の継ぎ目部分が残る

やがて、自動車の普及とともに橋の交通量が増大する一方で、隅田川の大型船は航行量が減り、しだいに橋が開く回数が減っていきました。船舶航行のために橋が開いたのは1967年(昭和42年)が最後です。

その3年後には開閉試験も終了し、その後、橋は一度も開くことのないまま、11月29日で45年を迎えます。しかし、2006年に東京都の委託を受けて行われた土木学会の調査によると、勝鬨橋の開閉は、今でも技術的に問題はないとのことです。  

築地さんぽ(本文用)