Caféラテ

ドラマの放送回数 ~Caféラテ3杯目~

カランコロン♪

今日も学校帰りのテレ美ちゃんがやって来ました。

「マスター、ただいまぁ」

「テレ美ちゃん、いらっしゃい」

「ラジ男くん、カフェラテくださいな」

「お帰り、テレ美ちゃん。ゆうべは間に合った?」

テレ美ちゃんは昨日、マスターの話に夢中で、新ドラマの初回を見逃すところだったのです。

「そうそう、聞いて聞いて!」

テレ美ちゃんは、テレビが大好き。特に、アイドルタレントが主演する新ドラマの話になると、もう止まりません。

マスターは夕刊を読みながら適当に相槌を打ち、ラジ男くんに至ってはカウンターの中で背を向けて、何やら整理整頓を始めてしまいました。

「もう、2人とも聞いてなかったでしょ!!」

「聞いてたよ、テレ美ちゃん。ところで、2人ともドラマは何話で完結するか知ってるかい?」

ラテに関する雑学がもう1つの売りの『Caféラテ』。

どうやら今日は、ドラマの放送回数についてのようです。

「テレ美ちゃんの大好きな『月9』とか、最近のドラマは大抵3カ月クールで完結するように作られているんだよ」

「そういえば、季節ごとに新しいドラマが始まってるわ」

「理由はいくつかあるんだけど、一番は番組改編だね。四半期ごとに編成を替えるからね」

「1年は52週だから、3カ月だと13週…そうか、分かった!!」

「ラジ男くんは気が付いたようだけど、ドラマは大体13話分の尺でできているみたいなんだ。それを初回と最終回にスペシャルと題して分けるだろう。そうすると…」

「私も分かったわ!! 4話分を2週でやって、残りの9話分とで11回で完結するのね」

「そうだよ、テレ美ちゃん。四半期つまり13週1クール編成なんだけど、暦の関係で13週にならない週もあるし、改編前の特番を挟むから11回完結になっているんだよ」

日本のテレビ生産台数が世界一になったのが1969年、カラーテレビが白黒テレビの普及率を上回ったのが1973年でした。このころのドラマは、現在のように四半期ごとの改編とは決まっていませんでした。

主役を含めた配役が変わりながらも、長寿ドラマ番組として有名な「水戸黄門」は、第1部が1969年8月4日~1970年3月9日まで全32回と、半年以上続いています。

その後も、1979年10月14日~1982年4月18日まで2年6カ月、全126回放送の「西部警察」(PART1)に代表されるように、1990年代前半までは半年以上続いたドラマが数多くあり、開始時期、終了時期ともにまちまちでした。

しかし、バブル経済が弾けた後の1990年代半ばからは、11回ドラマとして四半期ごとに改編されるようになりました。

「1クール11回かぁ。でも、8回とかで終わっちゃったのもあったよね? ラジ男くん」

「うん。でも、それはレアケースだよ。視聴率不振で打ち切りとか…」

「そうだね。ラジ男くんの言う通り、いろんな理由で予定より早く終了しちゃうケースもあったね。だから、最近は放送回数未定って予防線を張ることもあるそうだよ」

マスターの話が終わり、新ドラマに話題を戻したテレ美ちゃんでしたが…。

「ちゃんと完結するといいねっ!! お気に入りのドラマ」

「今なんて言ったのかな、ラ・ジ・男・く・ん」

どうやらラジ男くんの一言が、テレ美ちゃんの感情を逆なでしてしまったみたいです。

マスターは夕刊を広げて、とばっちりが来ないよう予防線を張りました。

ラジ男くんは懸命に弁解中です。もう何回謝ったでしょうか。

そろそろドラマ1クール分になるようです。

カランコロン♪

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番組表の開始時間 ~Caféラテ2杯目~

「ねぇマスター。もう1つ教えて」

「ん? 何だい、テレ美ちゃん」

「テレビって一日中やってるでしょ。でもこの新聞の帯、朝6時が1日の始まりになってる」

多くのラテ欄の開始時間が朝6時で、深夜帯の番組が夜11時台に列記されているのにもワケがあります。

マスターの話を聞いてみましょう。

「テレビ局の草創期は、今みたいに24時間放送ってわけじゃなかったんだ。朝6時に始まって、夜中の12時には放送終了だったんだよ」

「へぇ、そうなんだぁ」

「だから、ラテ欄のタイムテーブルは6時が始まりになってるんだよ」

「でもマスター、早朝4時とか5時とかから番組やってるのに、何で6時始まりのままなの?」

新聞は1980年代の初めまで、活版で作られていました。活版では、活字と呼ばれる鉛合金でできた鏡文字を1つ1つ組み上げていきます。

ラテ欄の時間軸となっている帯を、毎日毎日最初から作り上げるには大変な労力と時間を必要とするのです。

そのため、当時は1度作った鉛板を紙型に写し、活字のすり減りや鉛板の損傷に対応していました。

「テレ美ちゃん、昔、新聞は活字でできていたことは知ってるね」

「ええ。テレビで見たことがあるけど…」

「以前は作った帯を雛型にして、内容だけを差し替えていたんだ。技術の進歩で電算化された後も、その雛型を基に帯を作っていたからね。まあ、今でもその名残をとどめているってことかな」

「だから、早朝の番組は6時台にひとまとめされ、1時間ごとの帯の始まりが6時なんだね」

「そうだよ、ラジ男くん。同じように深夜帯も11時台の帯で終了となっているってこと」

最近では24時間放送が当たり前になっているため、深夜12時以降放送終了までを深夜早朝という帯を設けて掲載している新聞社もあります。

「2人とも、こっちの新聞も見てごらん。番組表の帯はやっぱり6時から始まっているでしょ」

「ホントだぁ!!」

「さて、ラジ男くん。9時になるから上がっていいよ」

「えっ!? キャー、やだぁ!! 新ドラマ始まっちゃう!!」

カフェラテ色の髪をなびかせ、脱兎のごとく帰って行くテレ美ちゃんでした。

カランコロン♪

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ラテ欄の歴史 ~Caféラテ1杯目~

ここは東京の郊外、築地村の喫茶店『Caféラテ』。

その名の通り、おいしいカフェラテが売り物です。

カランコロン♪

近所に住む女子大生のテレ美ちゃんが、今日も学校帰りにやって来ました。

「マスター、こんばんは。カフェラテくださいな」

「やぁ、いらっしゃい、テレ美ちゃん」

「よう、テレ美ちゃん、お帰りぃ」

「ラジ男くん、バイトおちかれ~。今日から10月、新しいドラマ始まるね」

「テレ美ちゃんはテレビ好きだなぁ」

「へへ、今日は初回だから2時間特番なんだよ」

「へぇ、誰が出てるの?」

「えーと…、マスター、新聞貸して」

『Caféラテ』のもう1つの売りは、マスターの雑学。

特に新聞のテレビ欄にまつわる話は、どれもこれも知っているようで、その実、そうだったのかと感心することしきりなのです。

「そうだ、マスター。テレ美ちゃんにこの前の話、してあげてよ」

「どの話だい? ラジ男くん」

「ラテ欄ができた当時のこと」

新聞でおなじみのラテ欄ですが、その起源は読売新聞といわれています。

マスターの話に耳を傾けてみましょう。

「テレ美ちゃんは、放送記念日って知ってるかな?」

「放送記念日?」

「NHKがラジオ放送を開始した1925年3月22日を記念して、1943年に作られたんだよ」

「JOAK、こちらは東京放送局であります、って始まったんだよね」

「そうだよ、ラジ男くん。3カ月遅れて開局した大阪放送局のコールサインがJOBK」

「知ってる。だから、NHKの東京制作番組をAK発、大阪をBK発って言うんでしょ」

「さすがラジ男くん。よく覚えていたね」

「マスター、それがラテ欄とどういう関係があるの?」

「ごめんごめん、テレ美ちゃん。話がそれちゃったけど、ラジオ放送開始が関係しているんだよ」

どうやら、軌道修正。ラテ欄の歴史についてマスターが語り始めました。

「NHKがラジオ放送を始めた年の11月25日、読売新聞がよみうりラジオ版としてラジオ欄を新設したんだ。今とは違って、番組内容を縦書きで掲載したんだけど、それがラテ欄の始まりっていわれている」

「えぇ!? 縦書きだったの?」

「最初はね。一般の記事と同じように扱っていたみたい。でも、民放各社がラジオ局を立ち上げると、今風の横書きのタイムテーブル形式になったんだよ」

「そうかぁ!! 何局も載せるには一覧できる形の方が読者に親切だもんね、マスター」

遅れること28年、1953年の2月1日にNHKがテレビ放送を開始し、続々と民放テレビ局が開局されました。当時はラジオ欄が大きく掲載され、テレビ欄は現在とは真逆の小さい扱いでした。

家庭にテレビが普及し、三種の神器と呼ばれるころには、現在のようにテレビ欄がメインとなっていきました。

ちなみに、新聞の最終面を最初にラテ欄としたのは、しんぶん赤旗といわれています。

「ところでマスター、何でラテ欄って言うの?」

「それはね、ラジ男くん。ラジオが先でテレビが後だったせいなんだ。ラジオ欄がラジオ・テレビ欄となり、略してラテ欄と呼ばれるようになったというわけ」

「ナットク!!」

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『Caféラテ』OPEN!

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本日より『Caféラテ』がオープンしました。テレビ大好き女子大生のテレ美ちゃんと、喫茶Caféラテでアルバイトをする幼馴染のラジ男くんが、ラテ欄にまつわる逸話を、店のマスターとともに紐解いていく物語です。お好きな飲み物を片手に、ひとときのブレイクタイムをお楽しみください。