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西武秋山の200安打はこんなにハイレベル

 西武の秋山翔吾外野手が13日のロッテ戦でシーズン200安打に到達した。シーズン200安打達成は2010年のマートン(阪神)青木(当時ヤクルト)西岡(当時ロッテ)以来5年ぶりで、NPB史上でも7度目の快挙だ(表1)。13日の試合は秋山にとって今シーズン131試合目だった。131試合での200安打到達は1994年のイチローに次ぐスピード記録(表2)。余裕を持って大台に到達した秋山の残り試合数はあと11。あと14本を打てばマートンの持つ214安打の日本記録を更新することになる。過去5人で6度しか達成者のいないシーズン200安打だが、実は今シーズンの秋山の記録はその量(安打数)だけでなく質も非常に高いものがある。ここからは秋山の200安打が過去の達成者の記録と比較しても非常に内容の濃いものである、ということを紹介していきたい。
表1

表2
 まずは表3をご覧いただきたい。これは200安打達成者の主な打撃成績を比較したものである。まずは打率だが、ここまでの秋山の数字は.360と非常に優秀で、歴代でもイチローに続く好成績。打者の総合的な実力を表すOPS(出塁率+長打率)でも.932と高い数値を残している。これもイチローには及ばないものの、29本塁打を放っていたラミレス(当時ヤクルト)とほぼ同等の数字で、今シーズンの秋山がただ安打を積み重ねているだけでなく、強打者としての側面も併せ持っていることを示す成績だ。そして四球を選んだ割合を示す四球率も.083とまずまずの数字(7人中3位)になっている。安打数を積み重ねるためには四球は少ない方がよいという側面もあるのだが、秋山は四球を選ぶことも決しておろそかにはしていないことがお分かりいただけるだろう。これによって出塁率も4割を超える優秀な数字を残すことに成功している。
表3
 さらに特徴的な点が内野安打の少なさである。表4は過去の達成者の内野安打数を集計したものである。2005年の青木が実に51本もの内野安打を記録していたのに対して、秋山はここまででまだ17本。左打者の青木、イチローが30本以上、スイッチヒッターの西岡が22本、右打者で決して俊足とはいえないマートン、ラミレスでもそれぞれ19本、22本を内野安打で稼いでいたことから見ても、左打者で決して足も遅くない秋山の内野安打の少なさは驚きに値するものだ。しっかりとボールをとらえていくというバッティングスタンスが生んだ結果ではあるのだが、今後秋山が内野安打も狙えるようになった場合、どこまで安打数を伸ばしてしまうのか?という点からも非常に興味深い数字だといえるだろう。
表4
 そして最もすばらしい特長が「固め打ちが多いうえに大きなスランプもない」という点だ。表5は過去の200安打達成者の猛打賞(1試合3安打以上)の試合数と、ノーヒットに終わった試合数の一覧。表6はそれぞれの選手の月間打率をまとめたものである。表5からお分かりいただけるように、秋山は今シーズンすでに26回の猛打賞を記録している。これは西岡の持つ27回の日本記録に迫る好記録。その一方で無安打に終わったのは22試合だけで、これはイチローの13試合に次ぐ少なさだ。歴代屈指の固め打ちの多さに加えて、無安打の試合は少ないという理想的なシーズンを過ごしているのだ。そしてその結果、月間打率も非常に安定したものになっていて、8月までのすべての月で月間3割以上を記録している。過去の6人のうちすべての月で3割以上を打ったのはイチローとラミレスの2人だけ。秋山は9月の打率が.260。残り試合で月間3割に乗せることができれば3人目の快挙となる。
表5
表6

 ここまでで紹介したように、今シーズンの秋山の記録は非常に優秀なものである。200安打を達成しながら、長打も打ち、四球でも出塁する。さらに調子の波は少なく、固め打ちをすることも多い。これはまさに理想の1番打者の打者像だといえるだろう。ただ、これだけの成績を残しても首位打者を逃す可能性があるのだ。ソフトバンク柳田との首位打者争いは.360を超える2人で争うという、プロ野球の歴史上でもまれな高レベルなものになっている。200安打を達成しながら首位打者を逃したのは2007年のラミレスと、200安打の選手が2人いた2010年のマートンだけ。果たして秋山はタイトルを獲得できるのか?それとも無冠の最強1番打者となってしまうのか?こちらの行方にも注目をしたい。

【サッカー】天皇杯名物!ジャイアントキリングをデータで振り返る

天皇杯といえば、プロとアマがサッカー日本一を争う大会。その大会において今や名物となっているのが、「番狂わせ」ではないだろうか。互いにプロ同士の戦い(J1、J2)によるものから、アマチュアがプロを倒す、いわゆる「ジャイアントキリング」と呼ばれる「大物喰い」まで、その与えるインパクトは様々。今回は、カテゴリーの垣根を越えた戦いだからこそ起こる、名物の過去を振り返ってみたい。

表1には、下位リーグ・クラブによる上位リーグ(プロ)喰いの歴史をまとめた(Jリーグが2リーグ制となった99年以降で調査)。それによると、上位リーグのクラブに勝利した回数は全部で121試合存在し、その約半数がJ2チームとJ1チームの試合によるものだった。
表1 ジャイアント(1)

そして「ジャイアントキリング」と呼ばれる、アマチュアチームがプロチームを撃破した回数は、全部で55試合。その内訳は、社会人が42勝、大学生13勝、2種登録チーム0勝で、JFL・地域リーグなどを含む社会人チームの方が学生チームに比べて、よりジャイアントキリングを起こせている。

99年以降で、プロに初めて勝利したアマチュアクラブはソニー仙台(宮城県代表)と水戸ホーリーホック(茨城県代表)の両クラブ。それぞれ99年にヴァンフォーレ甲府とベガルタ仙台(ともにJ2)に勝利している。以降、毎年アマクラブによる上位リーグ喰いが起きており、もはや天皇杯の名物といっても過言ではないだろう。

同様に、全13勝を挙げている大学生が初めてプロに勝ったのは00年で、関西学院大学がJ2ベガルタ仙台に勝利。J1相手にはその後しばらく勝利を得られなかったが、09年に明治大学が勝利を収め、初めてJ1クラブに勝利した大学サッカー部となった。
表2 ジャイアント(1)
不名誉ながらも99年以降の天皇杯でアマチュアクラブに多くの白星を献上したJクラブは、ベガルタ仙台の5回という結果が出ている。東京V、湘南ベルマーレがそれぞれ4回で続くわけだが、意外にも、ジャイアントキリングをされたチームとしてインパクトを残した2チーム(横浜FM:04年、J年間チャンピオンながらJFLザスパ草津に敗戦、浦和レッズ:09年、地域リーグ・北信越リーグ1部にいた松本山雅に敗戦)は、それぞれこの1試合のみの白星献上だったようだ。

続いて、表3にもあるように96年から出場が可能となり、天皇杯を盛り上げてきた2種登録チームについてもふれたい。公式戦の増加による日程的問題から14年を最後に今年から出場資格がなくなった2種チームだが、これまで延べ89チームが出場し、全21勝を挙げた。残念ながらプロ相手には勝利を収めることは出来なかったが、03年の市立船橋高校のように、Jリーグ王者であった横浜FM相手にPK戦までもつれ込むなど、その健闘ぶりは記憶に新しいのではないだろうか。
表3 ジャイアント(1)

初勝利は97年の愛媛ユース(愛媛県代表)で、アローズ北陸(富山県代表)を破り、2種登録チームが1種登録チームに初勝利を挙げる快挙を成し遂げた。それ以降、04年まで勝利を挙げ続けた高校年代だったが、出場チームの減少と比例するかのように勝利数も減少していき、12年の柏U18を最後に2年間勝利から見放されていた。

表4 ジャイアント(2)

カテゴリーを超越した真剣勝負が見られるオープンな大会である天皇杯にあって、高校年代の不参加はサッカー界の底上げという意味でも、少し寂しく感じる。そんな若い選手たちに夢を与える意味でも、ジャイアントキリングに注目して今大会も追いかけていきたい。

【プロ野球】シーズン記録に迫る、秋山、呉昇桓、ソフトバンク

プロ野球のレギュラーシーズンも残り約一か月となった。試合数にするとあと30試合弱でシーズンが終了することになる。セ・リーグは上位4チームの激しい優勝争い、パ・リーグは独走するソフトバンクがラストスパートに入っており、ペナントの行方からも目が離せないところだが、一方で個人記録、チーム記録で球史に名を残そうとしている選手やチームがいる。今回は個人とチームのシーズン記録に焦点をあて、記録達成が期待される選手、チームを紹介していきたい。
表
プロ野球記録達成に最も近付いているのが、西武の秋山のシーズン最多安打記録だ。一時は達成間違いなしといえるペースで安打を量産していたのだが、8月9日からの10試合で8安打とペースダウン、シーズン記録達成にはギリギリのペースにまで落ちてしまった。しかしここ一週間で早くもペースを取り戻し、29日の楽天戦では今シーズン3度目の1試合4安打を記録、これで一気に新記録達成に近づいた。今のペースを維持すればシーズン安打数は220となり、これまでの記録である214(2010年阪神・マートン)を大きく上回る大記録となる。

さらにプロ野球新記録に迫っているのが、阪神の呉昇桓とDeNAだ。呉昇桓は8月終了時点で38セーブ。あと8セーブで2005年の岩瀬(中日)と2007年の藤川(阪神)が記録したシーズン最多セーブ記録である46に到達することになる。ここまでのペースは、シーズン終了時に46セーブとなるもので、新記録達成も十分に狙えるペースとなっている。チーム61勝のうち49勝が3点差以内の勝利、勝つなら接戦という阪神のチーム事情もあって記録達成の可能性は十分ありそうだ。

DeNAがせまっているのは不名誉なプロ野球記録だ。ここまでの118試合でチーム暴投数が61。このままのペースで暴投が増えていくとシーズンでは72となり、1990年にロッテが記録した68暴投を上回ってしまうのである。90年のロッテは村田兆治がリーグ記録の17暴投を記録したこともあっての最多記録だったのだが、今シーズンのDeNAは多くの投手が万遍なく暴投を記録しており、現在の暴投数のリーグワースト10(14人)のうち7人がDeNAの投手だ。狙って防ぐことは困難な記録だが、残り試合で改善し不名誉な記録達成を防ぐことができるだろうか?

ほかに記録達成が可能な選手やチームもある。西武の増田はここまで39ホールドポイントを記録、これは2010年に浅尾(中日)が記録した47ホールドポイントにぎりぎり到達できるペースだ。ただ自身やチームの不調もありオールスター以降ペースは落ち気味で、プロ野球記録達成までは難しいか。それでも2012年に増井(日本ハム)が記録した45ホールドポイントというリーグ記録の達成であれば達成が十分可能な数字となっている。
球史に残る大記録を達成できる可能性を残しているのがソフトバンクだ。8月終了時点の勝利数は74。残り30試合で25勝できればシーズン99勝という1955年に南海が記録した大記録に到達するのである。30試合で25勝はかなり厳しい数字ではあるのだが、今シーズンのソフトバンクは6月19日~8月5日の30試合で25勝5敗というペースで実際に勝ち星を重ねている。再びこのペースで勝つことができれば99勝到達も決して夢物語ではないのである。99勝に到達できなくても、シーズン90勝は過去に10チーム、95勝となれば4チームしか到達していない好成績で、現在の勝率.679を維持しても歴代12位となる。いかに今シーズンのソフトバンクが強いのかを表す数字といえそうだ。

さらにワースト記録では西武が昨シーズン自らのチームが記録したシーズン最多1234三振の更新に迫っている。ここまでのチーム三振数は1010。このままのペースであれば1204と下回ることになるが、2年連続の更新はあるだろうか?

西武ではさらに浅村が二塁手の補殺数のリーグ記録、中村が打点のリーグ記録に到達する可能性を残している。浅村はこのままいけば470補殺となり、若干ペースが上がればリーグ記録である473(2010年日本ハム・田中賢)を更新することも可能、一方中村は7月に26打点を稼いだ段階ではリーグ記録達成も可能なペースだったのだが、8月は18打点とペースが落ちた。残り約一か月で35打点はかなり厳しいが月間30打点を挙げた5月の再現があればギリギリの到達もあるかもしれない。

セ・リーグではトリプルスリー達成濃厚な山田(ヤクルト)がさらなる記録を達成する可能性を残している。ここまでの34二塁打はシーズン41二塁打に相当するペース。セ・リーグ記録である47(2006年中日・福留)には及ばない数字ではあるが、一度固め打ちがあればまだまだ分からない範囲でもある。トリプルスリーに加え、二塁打のリーグ記録ともなればまさに球史に残るシーズンということになる。

築地は学問の街? <<築地さんぽ9月号>>

築地には、やたらと大学(学校法人)の発祥地があります。「魚河岸の町」として知られる今の姿からは想像がつきません。

慶応義塾発祥の記念碑。側には解体新書翻訳 を記念する蘭学事始の碑も建つ

慶応義塾発祥の記念碑。側には解体新書翻訳
を記念する蘭学事始の碑も建つ

築地の魚河岸は仮開設が1923年(大正12年)、正式開設が1935年(昭和10年)ですが、それ以前の築地は、江戸時代から続く本願寺と武家屋敷の町、そしてもうひとつの顔が、明治初年に出来た外国人居留地の街でした。

明治学院と青山学院の記念碑は、聖路加ガーデンの並びに建っている

明治学院と青山学院の記念碑は、聖路加ガーデンの並びに建っている

外国人居留地は、安政五カ国条約により国内に設けられることになった開港・開市場で、貿易商社が多数あった横浜が有名です。築地の居留地には主にキリスト教の教会堂が集まり、宣教師も居住したため、それに伴いミッションスクールが多くつくられました。立教や青山学院など多くのキリスト教系学校が築地に起源を持つのはこのためです。

明治学院の記念碑

明治学院の記念碑

また、現在の明石町には豊前中津藩の中屋敷がありました。藩医の前野良沢は江戸後期にこの地で「解体新書」の翻訳を完成させたため、蘭学起源の地ともされています。さらに後年、藩士の福沢諭吉が1858年(安政5年)に屋敷内で開いた蘭学塾は、後に慶応義塾となりました。少し毛色の変わったところでは工学院大学。創立当初は工手学校といい、産業の近代化をひた走る明治日本の「現場」を支える職人の養成を目的とする職業学校でした。

◇築地発祥の主な学校法人(暦年は創立年)
慶応義塾 1858年(安政5年)
女子学院 1870年(明治3年)
立教学院 1874年(明治7年)
明治学院 1877年(明治10年)※
青山学院 1877年(明治10年)※
工学院大学 1887年(明治20年)
女子聖学院 1905年(明治38年)

※明治学院と青山学院は複数の発祥地・創立年があるため、築地における創立年を記した。

 


築地さんぽ(本文用)

Jリーグ入りへの近道は? 入団状況をデータで分析

Jリーグのチーム運営には、Jリーグに参加するチームそのもののみならず、育成組織(下部組織)によるクラブユースチームの運営義務が規定されている。高卒、ユース、大卒、海外経由などJリーグチームへの入団方法も多様化しつつある昨今。今回はその移り変わりを探ることで、Jリーグが規定するユース運営による選手育成の進捗をみてみたい。

まずは2015年シーズン現在のチーム構成比率を表1にまとめた。表中にある「自ユース」とは自チームユースから昇格した選手のことで、「他ユース」とは昇格はならなかったものの、他チームにプロとして入団できた選手のことを指しており、データから以下のことが分かる。
表1 2015年状況

  • J1・J2ともに「高卒」選手より自・他を合わせた「ユース出身」選手が多くなっている
  • 両リーグともに「大卒」>「ユース」>「高卒」の順で多くの選手を獲得している
  • J2ではJ1と比較して「大卒」選手の数が1.5倍、「他ユース」選手が1.25倍多い

このことからJリーグが目指すユース年代の強化という点ではある程度の結果が出ているといえそう。それと同時に、獲得する選手年代の割合においてリーグ間で差が見られることから、リーグにおいて必要とする選手層に違いがあるように感じられる。J2では「大卒」選手が多いことから、即戦力を必要としている。同時に自チームで育成できなかった若手を他ユースから補うことで若手の発掘を行うという構図となりそうだ。

では実際に各チームでそれぞれの割合がどうなっているのか見てみたいと。表2には2015年シーズンのJ1、J2各チームの選手構成割合を図にした。表2において「ユース」とは「自ユース」選手を示す。
表2 2015J1構成

  • J1では、柏が50%超、G大阪が46%、横浜FM、清水が30%のユース出身選手を抱えている
  • J2では札幌、東京V、京都、C大阪がユース出身選手の割合が多い
  • 高卒選手を積極的に獲得しているのは「鹿島」「浦和」「新潟」あたり

両リーグ唯一50%超えの柏は、全ポジションでユース出身選手を揃えており、育成成功クラブといえるだろう。現在15名のユース出身選手が在籍し、他にも2名をレンタル移籍させている。同様にG大阪も13選手がユース出身で、最近では29歳で初代表入りした丹羽大輝の存在でも注目された。ユース選手にチームの色が出ているのが、横浜FM。各ポジションにユース出身を揃えるのはもちろんだが、中でもGKにおいては4選手全員がユース出身。やはり元日本代表・松永成立GKコーチの存在が大きいのかもしれない。

現時点でユース出身者がチームに多く在籍していることは分かったが、Jリーグに入団できている選手たちの総数の推移はどうなっているのか。表3をご覧いただきたい。こちらはポジションごとに、その年入団した選手数の総数となっている。
表3-1 J1
表3-2 J2

  • J1は10年前に比べて約半数の入団人数にまで減っており、減少傾向にある
  • J2では獲得選手数が若干ながら増加傾向にある
  • 他ポジションに比べてDFの選手が比較的多く獲得されている

J1では年々減少傾向にある獲得選手数、逆に増加傾向にあるJ2、そんな両リーグにおいて共通するのがDF選手の需要の高さがうかがえる。FWやMFのようにポジション変更が比較的行いやすいポジションと違い、専門性が問われるDFの選手というのはどのチームも多く獲得する傾向にあるようだ。

そんな年々狭き門になりつつあるJリーグ選手への入口だが、そこへ至る出身経歴はどうなのか、各年度別にまとめたのが表4となっている。
表4-1(1)
表4-2(1)

  • 両リーグともに年々高卒選手が減少
  • J1では06年、J2でも09年を分岐点として自ユース出身選手が高卒選手を上回っている

Jリーグが理念として掲げるユース環境の整備が、結果として現れているのが表から見て取れる。高校生ながらも実力さえあればトップの試合に出場することができるのがユースチーム。プロを一番身近に感じ、プロと同環境下で育った選手らが多くプロ選手になるのは必然なのかもしれない。それと反比例するかのように低下する高卒選手。大卒選手が増加する傾向にあるのは、高卒でプロを選択しなかったことの裏返しともいえるのではないだろうか。